その順番はあってる?

「人は、
たとえ全世界を手に入れても、
自分のいのちを失ったら
何の益があるでしょうか。
そのいのちを買い戻すのに、
人は何を差し出せばよいのでしょうか。」
(マタイ16:26
 
 
 
救急車で運ばれた人が
「仕事に行かなくちゃ。」
と言って起き上がろうとする。
 
 
 
「仕事といのちと
どっちが大事なんですか?」
と聞かれて「仕事です!」
と即答しちゃう。
 
 
 
とにかく働いて
経済を発展させることが何より大事
とみんなが思っていたころの話。
 
 
 
冷静に考えれば
いのちがなかったら仕事はできない
すべてはいのちあっての話
ってわかる。
 
 
 
でも仕事って答えた人たちは、
ふざけて言ってたんじゃない。
大真面目で
仕事の方がいのちより大事、
って思ってたんだね。
 
 
 
何がいちばん大事かなんてことは
ちゃんとわかってる
って思ってても、
目がくらんじゃうと
意外に見えなくなることがある。
 
 
 
今自分がこれが大事
と思っていることは何だろう。
そのために犠牲にしているもの、
後回しにしているものは
なんだろう?
その順番はあってる?
 
 
 
何があっても
いのちがなかったら始まらない。
体のいのちも、たましいのいのちも。
まちがえないようにしよう!

イエスさまは幽霊じゃないよね?

「イエスが
湖の上を歩いておられるのを
見た弟子たちは
『あれは幽霊だ』と言っておびえ、
恐ろしさのあまり叫んだ。」
(マタイ14:26)
 
 
 
幽霊。
ほんとうにあるのかないのか
よくわからないけど、
要するに、体はないけど
霊だけは見えてる。っていう状態。
 
 
 
嵐におそわれていた弟子たちは
近づいてきてくれたイエスさまを
その幽霊だと思って叫びました。
ギャーッ!!!!・・・
 
 
 
せっかくのイエスさまが
助けてくれる頼もしい存在じゃなく、
実体がない、おどかすだけで
何の役にも立たない存在に
見えちゃった、ってことですね。
 
 
 
せっかく近づいていったのに
こわがられちゃって、
気の毒なイエスさま…。
 
 
 
あなたのイエスさまは
ちゃんと中身があって、
呼べば答えてくれる、
助けてくれるイエスさま?
 
 
 
それとも、
見えてるような気はするけど、
中身は何もないし何もできない
幽霊みたいなイエスさま?
 
 
 
私たちのそばに
いつでもいてくれるイエスさまは
ちゃんと中身があるお方。
呼べばしっかりほんとうに
助けてくれるお方です。

笑わないで受け取る

「なぜサラは笑って、
『私は本当に子を産めるだろうか。
こんなに年をとっているのに。』
と言うのか。
主にとって不可能なことがあるだろうか。」
(創世記18:13,14
 
 
 
あなたには子どもが生まれます
と言われたとき、
サラは89歳。
だから、そんなことはありえない、
と思って、笑いました。
 
 
 
この笑いはうれしい笑いじゃなくて
苦笑ですね・・・
 
 
 
でも神さまは、
なぜ笑うのかと問いかけます。
 
 
 
サラはどうして笑ったのでしょう。
それは、神さまが言ったことが
バカバカしく聞こえたから。
 
 
 
確かに今89歳ということは、
産むときには90歳。
ふつうに考えたら
なに言っちゃってるの?
と思えることばです。
 
 
 
 
人間の常識で言ったら
バカバカしいというサラの判断の方が
よっぽど正しい。
 
 
 
でもそれは、
神さまを人間の常識の範囲の中に
閉じ込めて、
人が神さまを正しいとかおかしいとか
判断してしまっていること。
 
 
 
主にとって不可能なことがあるだろうか。
って聞いて
あなたは笑っちゃう?
 
 
 
それとも、神さまがそう言うなら、
きっとそうなんだ、
って受け取る?
 
 
 
笑わないで受け取りましょう!
神さまには
できないことはないのだから。