宙ぶらりんにしないで

「今日ダビデの町で、
あなたがたのために
救い主がお生まれになりました。」
(ルカ2:11
 
 
 
毎年年末になると
街中でもテレビでもよく見かける
年末ジャンボ宝くじの広告。
 
 
 
当選金額はなんと10億円!!
もし当たったら、
教会堂がいくつ建つことか・・・😲
 
 
 
ところが当たってるのに
換金されない宝くじがそうとうあるらしい。
1億円の当選券でも70本以上あるんだとか。
何と100億円以上のお金が
換金待ちで宙ぶらりんなんだそうです。
 
 
 
どうせ自分が当たるわけない、
と思って、ちゃんと確認しない。
もったいなすぎですね。
 
 
 
神さまが準備してくれた救いは、
「あなたがたのため」。
これにもれている人はだれもいないし、
もらわなくてだいじょうぶな人も
だれもいない。
 
 
 
でも自分のためと思っていない、
自分に必要だと思っていない人が
たくさんいて、
神さまの救いも宙ぶらりん。
ほんとうにもったいないことです。
 
 
 
「あなたがたのため」に
自分が入っていること、
しっかり再確認!

出口ができるよ!

「見なさい。
私は、この民全体に与えられる、
大きな喜びを告げ知らせます。」
(ルカ2:10
 
 
 
起伏豊かな日本には
トンネルがあっちこっちにあります。
かなり長いやつもありますね。
 
 
 
今世界一長いトンネルは
日本の青函トンネルだそうです。
53キロで、しかも海の下。
大丈夫なんだろうけど、
ちょっとこわい感じがします。
 
 
 
前に住んでいた新潟に行くにも、
高速では「関越トンネル」を通る。
10キロちょっとだけど、
かなり延々な感じ。
最初の頃はやっぱりちょっとこわかったです。
 
 
 
トンネルは出口があるとわかってるから
入っていける。
出口がないかもしれなかったら
とてもじゃないけど入っていけません。
 
 
 
人間が罪に落ちたということは
出口のないトンネルに入った、
ということでした。
 
 
 
どこまで行っても光がなく、
手さぐりしながらさ迷いながら進んだあげく、
最後には二度とはい上がって来られない
深い穴に落ち込む。
あるのは絶望だけです。
 
 
 
でもイエスさまが生まれた。
それは、
そのトンネルに出口ができるよ!
ということだったのです。
 
 
 
それはどんなにホッとすることでしょう。
どんなに「ああ、よかった!」
と思えることでしょう。
だから「大きな喜び」なのです。
 
 
 
毎日がルンルン楽しい、
いやなこと、つらいことが起こらない、
そういう喜びとはちがうところにある
喜び。
笑えなくても持てる喜びです。

あんな人じゃない?

「さて、その地方で、
羊飼いたちが野宿をしながら、
羊の群れの夜番をしていた。
すると、
主の使いが彼らのところに来て。」
(ルカ2:8,9



いちばん最初に
救い主の誕生を教えてもらった
羊飼いたち。



羊は今日が何曜日か知らないし、
生き物にとって
そんなことは関係ない。



だから羊飼いたちは
安息日を律法どおりに守れなくて、
「自分はちゃんとやっている」
と考えている人たちからは、
「ちゃんとやっていない人たち」、
と思われていたそうです。



そんな羊飼いたちのところに
主の使いはまず現れて、
救い主の誕生を教えてくれました。



その知らせを受け取る心を持っていると
神さまが知っていたからでしょう。



あの人はちゃんとしている。
何をどう見て
人はそれを判断するのでしょう?




最初に知らせを受け取る人に
羊飼いが選ばれたことは
それを自分で決めてしまう心。
そこに問題があるんだよ、
ということを教えてくれます。




私はあんな人じゃない。
クリスチャンとなった人、
教会でさえも、
そっちの方に目が向きやすい。




でもそれこそ
イエスさまが生まれたことに
気がつけない心の姿。



自分の今の心はどうなんだろう?
クリスマスは、
そのことを点検するためのとき
でもあるのかもしれません。
 
 

自分の中の自分の居場所

「宿屋には、彼らのいる場所が
なかったからである。」
(ルカ2:7



救い主イエスさまが
生まれたというのに、
宿屋はどこも満員で、
泊まる部屋がなかった😢。




せっかくイエスさまが生まれたのに
だれも泊めてあげないなんて、
ひどいね。
そんなふうに言われることが
多いかなと思います。
確かにひどいです。



イエスさまは生まれたその時から
居場所がなかった。
だれにも受け入れてもらえない。
そのつらさ、苦しみは
イエスさまが
だれよりよく知っている。



だけどこの冷たさは、
この時だけのものじゃない。
があるところに必ずある、
人の心の中に住みついている冷たさ。



だから自分を
受け入れてくれない人がいたとしても、
特別不思議なことじゃないし、
受け入れてもらえない自分が
特別おかしいわけでもない。



このことを知っておくことは、
けっこう大事。



イエスさまはそれを十分わかってて、
その解決のために来てくれた方。
地上に来た瞬間から
その冷たさのマックスを味わい、
それでもそんなあなたを受け入れたい、
と言ってくれています。



そのイエスさまを受け入れて
自分の心の中に
イエスさまの居場所を作る。
そうすると自分の心の中に
自分自身のほんとうの居場所ができる。
この居場所は
私たちを守ってくれます。
 
 

ちゃんと10か月

「ところが、彼らがそこにいる間に
マリアは月が満ちて
男子の初子を産んだ。」
(ルカ2:6,7
 
 
 
救い主イエスさまは神さまの御子。
マリアのお腹に宿ったのも、
人間では考えられない
処女降誕という方法でした。
 
 
 
神であり人。
だれ一人同じ人がいない
めちゃくちゃ特別な人。
 
 
 
でも生まれたのは、
月が満ちたとき、
つまり、私たちと同じように
10か月間マリアのお腹の中で
大きくなってから、でした。
 
 
 
神さまの子なら
じゃーん!といきなり登場しても
よさそう。
でも、そうじゃなかった。
 
 
 
私たちとまったく同じプロセスをとって、
私たちとまったく同じに
なってくれたのです。
 
 
 
そしてまたこのことは、
神さまが働くならそれはいつも
奇跡的なやり方で、とは限らないことを
教えてくれます。
 
 
 
神さまはふつうは
この世界の法則の中で働いている。
驚くような特別なことが
起こらないからといって
神さまが働いていないのではありません。
 
 
 
私たちのごく普通の毎日の中にも、
神さまはちゃんと働いています。
そして、すべてのことが
私たちにとっていちばんの恵みになるように
全部のことを進めてくれているのです。