スッキリさばさば、わかりやすい

「あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。
あなたは咎を除き、
ご自分のゆずりである残りの者のために、
背きを見過ごしてくださる神。
いつまでも怒り続けることはありません。」
(ミカ7:18



この人を怒らせたら引きずっちゃうよ、
という人、みなさんのまわりにいますか?
目を合わさない、返事もしない、
もちろん口きかない、
それが1週間はざらに続くよ、みたいな人。



そういう人には関わらないですめばいいけど、
どうしても関わらざるを得ない人だったら
困ってしまいます。



えっ、自分がそう?
それは困った。
神さまにお祈りして、助けてもらわないとですね。



私たちの神さまは、怒り続けない、
って書いてあります。
えー、そもそも怒るの? 愛なのに?
って思いますか。



神さまが怒るのは、罪に対してです。
罪を犯しているのに、ヘラヘラして
見なかったことにすることはありません。



でも、そのことを認めてあやまるなら、
必ずすぐにゆるしてくれます。



人間同士だと、いったんはゆるしても
次にもめた時、
この間はこうだった、なんて
むしかえしたりすることがあるけど、
神さまはぜったいにそんなことはしません。



一度ゆるすと言ったら、
もう二度と思い出さない。
別のところにはそうはっきり書いてあります。



神さまは気分屋じゃありません。
こうすればこう、とはっきりわかっている。
めちゃくちゃスッキリ、さばさば、
とってもわかりやすいお方。
だから安心して近づくことができます。

どうぞどうぞ、よく来たね!

「わたしのもとに来る者を、
わたしは決して外に追い出したりは
しません。」
(ヨハネ6:37
 
 
 
私たちがなるべくない方がいいなー
と思っている試験。
同じ試験と言っても、何のためにするか、
いろいろあります。
 
 
 
学校の試験は、勉強したことを
どのくらい理解できたか確かめる試験。
資格試験は、お医者さん、弁護士さん、先生
…になるために必要なレベルに届いてるか
確かめる試験。
 
 
 
入学・入社試験やオーディションは、
決まった数の人を選ぶための試験。
定員を超えてしまった人たちは、
残念ながら不合格。
っていうことになってしまいます…😢
 
 
 
行きたい人がみんな行ければいいけれど、
ものすごく入れてほしくても入れてもらえない
って、つらいよね。
 
 
 
でも、イエスさまは、
「今回の定員は1億人。
だから、100,000,001人目は定員オーバーでアウト」
なんてことは、ぜったいに言いません。
 
 
 
何人目だろうと、お願いしますって言えば
どうぞ、どうぞ。よく来たね!
ってウェルカムしてくれます。
ぜったいに断られないって、ほんと安心。
 
 
 
ただし、定員はないけど、
時間切れはあるから、そこだけは要注意。
 
 
 
生きてるうちに。イエスさまの再臨がある前に。
つまり、行けるうちにちゃんと行っておく。
これが大事です。
 

やさしいからイヤ…?

「ところが、このことは
ヨナを非常に不愉快にした。」
(ヨナ4:1



ヨナはとてもご機嫌ななめです。
なぜって、神さまが
情け深くあわれみ深く、怒るのに遅く、
恵み豊かで、わざわいを思い直すお方だから。



えー、そんなにすばらしいのに、
それで不愉快って、どういうこと?



問題は、その情けやあわれみが、
ヨナがきらいなニネベの人にも注がれた、
っていうところにありました。



きらいなニネベの人がゆるされたのが
ゆるせなかったのです。
もっと厳しい罰を受けるべき。なのに、
どうしてゆるしちゃうの?



私たちは自分がやさしくしてもらうのは大好き。
でも他人が、特に自分よりもひどいと思っている人が
やさしくされていると、
おもしろくない気持ちがすることが
あるんじゃないでしょうか。



ほうとう息子のお兄さんもそうでしたね。
あんなやつに、なぜこんなやさしくするんだ。
おかしいだろう!



そういう時、私たちはきっと、
自分もどんなに心広くゆるしてもらったかを
忘れてしまっているのです。



ヨナだって、
ついこの間、逆らって海に投げ込まれたところを
助けてもらったばかり。



自分がしてもらったいいことって、
見えにくいし、すごく忘れやすい。
だから、意識して
「自分が」神さまにしてもらったことを忘れない。
自分の心を守るポイントだと思います。
不機嫌な気持ちって自分もイヤだからね



だれかだけが神さまに特別扱いされてズルできる、
ってことはぜったいにないのです。
もしそう見えるとしたら、
自分には一部分しか見えてないだけ。
神さまがすることにまちがいはないのだから。
 

神さまのセーフティーネット

「主は大きな魚を備えて、
ヨナを呑み込ませた。」
(ヨナ1:17
 
 
 
空中ブランコ。
ものすごく高いところで
飛び移ったり、キャッチされたり。
ハラハラドキドキ、そして拍手喝采・・・
サーカスの見どころの一つです。
 
 
 
普通人にはとてもできないように見えるけど、
最近は、やったことない人も体験できる、
っていう施設もあるみたい。
 
 
 
え〜〜手を離しちゃったらどうなるの?
まっさかさま…?
いやいや、そこはだいじょうぶ。
下には必ず安全のためのネットが張ってあって、
もし落ちてもちゃんと受けとめてくれる。
だから安心してチャレンジできるんだって。
 
 
 
神さまの命令に従わず嵐の海に投げ込まれた
預言者ヨナを呑み込んだ大きな魚は、
たまたまそこにいたんじゃありませんでした。
神さまが備えてくれてたんです。
 
 
 
失敗したり、従うことができなかったりすると、
もうだめだ、捨てられる?
って思いがちだけど、
聖書の神さまはそうではありません。
 
 
 
この時のヨナは、
ただ失敗しただけじゃなく、
わざと逆らった。そして海に投げ込まれました。
そんなヨナも神さまは捨てることなく、
ちゃんとセーフティーネットで
受けとめてくれました。
 
 
 
私たちも自分が原因のこともあるし、
自分は悪くなくても周りのいろいろが原因で、
もうだめか、っていう経験を
しなきゃならないことがあるかも。
 
 
 
でも、それで終わりってことは決してない、
っていうことを覚えておきましょう。
神さまは必ずセーフティーネットを準備して
私たちを受けとめてくれます。
 
 
 
落ちることがあったとしても、
そこで終わりじゃないように守ってくれます。
もう一度立ち上がれるように
してくれるのです。
 
 
 
「下には永遠の腕がある」

オフサイドに気をつけて

「だれでも、『先を行って』
キリストの教えにとどまらない者は、
神を持っていません。
その教えにとどまる者こそ、
御父も御子も持っています。」
(ヨハネⅡ :9
 
 
 
サッカーワールドカップで
なんと、日本チームが歴史的勝利✨
ワールドカップの歴史上
アジアのチームが南米のチームに勝ったのは
初めてなんだって。すごいよね!
 
 
 
コロンビアは初戦の相手が日本だから
戦う前から「は、当然こっちの勝ちでしょ」
っていうつもりだったみたいだけど、
うっふっふ。
次もぜひがんばってほしいです。
 
 
 
ところでサッカーの試合を見ていると、
「オフサイド」っていうのをよく聞きます。
 
 
 
相手ゴールに向かって攻めて行ってパスを受け取るとき、
自分の前に少なくとも一人は
敵チームの人がいなきゃだめだよ、というルールで、
相手選手がいるラインを越えると前に出すぎ。
せっかく相手ゴールに近づいてても、ホイッスルが鳴って、
ボールは相手チームに渡ってしまいます。
 
 
 
サッカーを見ない人からすれば、
なんのこっちゃ、だと思うけど、
要するに出すぎちゃいけないラインがある、
っていうことですね。
 
 
 
私たちが神さまに近づこうとするときにも
越えてはいけないラインがあるんだよ、
と今日のみことばは言っています。
 
 
 
それは、「イエスさま」というライン。
イエスさまというお方抜きで
神さまに近づくことはできません。
 
 
 
キリストの教えの「先を行く」教え。
それがどんなに賢く聞こえて、
どんなに魅力的に見えたとしても、
イエスさまを通り越していたら、
それは、人が考え出したもの。ということです。
 
 
 
「イエスさまを」救い主と信じる。
これが私たちがぜったいに守らなければいけないライン。
忘れないでね。
 
 
 
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
わたしを通してでなければ、
だれも父のみもとに行くことはできません。」