自分の足で

「起きて床を取り上げ、
歩きなさい。」
(ヨハネ5:8)
 
 
 
日本の平均寿命はどんどん延びて、
今では80歳は当たり前。
100歳を越える人も増えているそうです。
 
 
 
ただし最近では、
ただ長く生きるだけではなく、
「元気で」生きられる長さ、
「健康寿命」に関心が向いてきています。
 
 
 
「元気で」というのは、
どういうことでしょうか。
 
 
 
いろいろあるでしょうが、
「自分の足で
自分が行きたいところに行ける」
これは、とっても重要ポイントみたいです。
 
 
 
自分で歩けなくなれば、
どこに行くためにも
だれかに助けてもらわなくちゃ
なりませんからね。
 
 
 
自分で歩ける。
これは人間にとって、
とても大切なことなのです。
 
 
 
このことは、体だけじゃなく、
私たちの心と魂にとっても同じ。
 
 
 
助けてくれる人がいなかったら歩けない、
というところから、
自分の足で立って、
自分の力で歩けるようになること。
 
 
 
本当の意味で
そのために必要な力を
与えてくださるのはイエスさまです。
 
 
 
「起きて床を取り上げ、
歩きなさい。」と言ってくださるイエスさまに
座り込んでいる場所から
立ち上がり、歩き出す力をいただいて、
自分の足でしっかり歩いていきましょう。

受け売り脱出

「もう私たちは、
あなたが話したことによって
信じているのではありません。
自分で聞いて、
この方が本当に世の救い主だと
わかったのです。」
(ヨハネ4:42)
 
 
 
「伝言ゲーム」。
人から人へ伝わるときに、
どんなにまちがって伝わりやすいかを
逆に利用したゲームです。
 
 
 
発表を聞くと
あまりにとんでもないことになってて、
爆笑することも。
 
 
 
人から伝わってくるお得情報、
だれかのうわさ、悪口・・・
伝わってくる途中で
どこかが曲がっている可能性大。
 
 
 
100%うのみにする前に
自分でちゃんと確かめてみることが大切。
 
 
 
まちがった情報を信じ込んでしまうと、
大変なことになることも
あるからです。
 
 
 
 
神さまのことを私たちは
きっと「だれかから」聞きました。
お父さんやお母さん、
友だち、そしてもちろん教会の先生。
 
 
 
神さまのことを伝えようとする人たちは、
信用できる人たちだから、
そのまま受け取っても問題はないでしょう。
 
 
 
でもやっぱり、
本当に自分のものにするためには、
自分でちゃんと確かめることが
たいせつ。
 
 
 
「受け売り」のままだと、
いろんな試みが起きたとき、
伝えてくれる人がいなくなったとき、
確信が持てなくなる危険が大きいからです。
 
 
 
自分で確かめるって?
自分でみことばを読むこと。
自分でお祈りすること。
 
 
 
またそれ?
またそれなんです。

伝えたあとは

「母は給仕の者たちに言った。
『あの方が言われることは、
何でもしてください。』」
(ヨハネ2:5)
 
 
 
「ぶどう酒がありません」
とイエスさまに伝えたマリヤ。
次には給仕の人たちのところに行って言いました。
「イエスさまが何か言ったら、
何でもその通りにしてくださいね。」
 
 
 
困っている自分の
ありのままを伝えて助けを求めた後。
 
 
 
次は、
自分がすることはなにか。
それを神さまに聞きましょう。
 
 
 
お願いしたからと言って、
あとはひたすら待っていればいい
というわけではありません。
 
 
 
「これはあなたがしなさい」
と言われることがあったらそのとおりにする。
これが、とっても大切なポイント。
 
 
 
しかも
「言われることは、何でも」
です。
 
 
 
それは、もしかすると、
楽しいことやはなばなしいこと
ではないかも。
 
 
 
この時イエスさまが言ったのも、
「水をくむ」。
とっても地味で
しかも重労働なことでした。
 
 
 
でも、その通りにしたとき、
水がぶどう酒に変わる
というすばらしい奇跡を
目撃することができたのです。
 
 
 
お祈りして、
示されたことはそのとおりにする。
そうしたら神さまがわざをなしてくださる。
 
 
 
これはどんな時にも通用する
信仰の世界のザ・ルールです。

ありのままを伝える

「ぶどう酒がなくなると、
母はイエスに向かって
『ぶどう酒がありません』
と言った。」
(ヨハネ2:2)
 
 
 
体の具合が悪くなって病院に行った時、
まず大事なことは
自分の症状を
正直にお医者さんに伝えること。
 
 
 
これは大したことじゃない
と自分で勝手に判断して言わなかったら、
その症状が、
一番大事なシグナルだった、
なんてこともあるかもしれません。
 
 
 
症状をきちんと伝えれば、
お医者さんも
正確な診断をくだしやすくなります。
 
 
 
診断が正確なら、
ぴったりの処置やお薬が出て、
早くよくなることができるでしょう。
 
 
 
 
私たちが神さまに
問題を打ち明けるときも
同じです。
 
 
 
マリヤが「ありません」と
そのままをイエスさまに伝えたように、
自分のありのままの状態を、
まずそのまま伝えること。
解決への一歩はそこから始まります。
 
 
 
神さまは全部知っているはずなのに、
なぜ?
と思うかもしれませんね。
 
 
 
正直に言うということは、
自分がそういう状態であることを
自分で受け入れて認めるということ。
 
 
 
ほんとうにこのままでは困るから、
神さまの助けが必要だと伝えるときに、
神さまは働いてくださるのです。
 
 
 
ちゃんと伝えて助けを求めさえすれば、
神さまは水もぶどう酒に変える力を
持っておられる方。
 
 
 
何もないように見えるところにも
いのちと豊かさを
与えることができるお方です。

ことばがわかれば

「初めにことばがあった。
ことばは神とともにあった。
ことはは神であった。」
(ヨハネ1:1)
 
 
 
처음에 말씀이 있었다.
???
 
 
 
「初めにことばがあった」の
韓国語版です。
 
 
 
翻訳サイトを使ったから、
たぶんあってるんだと思うけど、
韓国語を知らなかったら、
これを見ただけでは
聖書のことばだということすら
わかりませんね。
 
 
 
ことばは、
相手を理解するために、
とっても重要な働きをしています。
 
 
 
ことばがなかったら、
相手が喜んでいるか、怒っているか
悲しんでいるか、くらいは
わかるかもしれないけど、
なぜそうなのか、
理由や考え、くわしい気持ちは
わからないでしょう。
 
 
 
 
「初めにことばがあった」
の「ことば」は、イエスさまのこと。
イエスさまは神さまの「ことば」なのです。
 
 
 
イエスさまという存在を通して、
神さまはご自分が何を思い、
何を考えているかを表しました。
 
 
 
そして私たちは、
イエスさまという存在を通して
神さまの思いと考えを
知ることができます。
 
 
 
イエスさまが私のために
何をしてくださったか、
どんなに愛していのちまで与えてくださったか、
もっとよくわかるようにしてくださいと
祈りましょう。
 
 
 
そうすれば、神さまのことが
もっとよくわかってきます