よくするために

「わたしは、良くするために
彼らに目をかけて、彼らをこの国に帰らせ、
彼らを建て直し、倒れないように植えて、
もう引き抜かない。」
(エレミヤ24:6)
 
 
 
私たちを良くするため。
—これが、どんな時にも神さまが
私たちのことを考える動機です。
 
 
 
人が人に何かを言うときには、
必ずしも相手のためとは
限らないことがあります。
 
 
 
「あなたのため」と口では言っていても、
自分の考えと合わないからと
ただ非難したり、いやみを言ったり、
自分の思い通りに
無理やりさせようとしたり。
 
 
 
いつでも自分の感覚、自分の考え、
自分の利益が中心にあって、
そこから言葉や行動が出てくることが
多いのです。
 
 
 
「結局自分のことしか考えてないんだな」
と思う言葉や行動になってしまうこともあるし、
それで逆に傷つけられてしまうことも
あるかもしれません。
 
 
 
でも神さまが考えているのは、
どんな時にも
ほんとうにわたしたちのこと。
 
 
 
目をかけてくれます。
立ち直る力を与えてくれます。
しっかり立っていくことができるように
助けてくれます。
 
 
 
今日も助けてくださいますよ。

私は私

「ダビデの勇士たちの名は…
ギロ人アヒトフェルの子エリアム。」
(Ⅱサムエル23:34)
 
 
 
だれかが金メダルを取ると、
その人の故郷や家族、親戚、
同じ学校出身なんかの人たちが
何だか自分もすごくなったように
自慢したりします。
 
 
 
「あなたが取ったんじゃないけど」
って思いますけどね。
 
 
 
逆に事件の容疑者の名前が出ると、
家族や親戚、前の職場の人なんかが、
本人ではないし、
ある時にはまったく関係ないのに
変な目で見られたリ、
中傷の書き込みをされたりすることが
あります。
 
 
 
「ギロ人アヒトフェル」というのは、
ダビデに謀反を起こしたダビデの息子
アブシャロムの側についた人。
 
 
 
エリアムはその息子だから、
ダビデからしたら
遠ざけようとするのが普通かもしれません。
 
 
 
でも、ダビデはそんな人も
自分の勇士の中に加えていました。
 
 
 
本人を本人として見る。
けっこうむずかしいことですが、
だれよりも神さまは
私をだれとも関係ない私として見て、
ふさわしく扱ってくださる方。
 
 
 
そんな神さまを知っている私たちも
なるべく平らな心で
人に接することができるといいなと
思いますし、
助けていただけるように
お祈りしましょう。
 

出会ったから

「ですから、私たちは今後、
人間的な標準で人を知ろうとはしません。
かつては人間的な標準で
キリストを知っていたとしても、
今はもうそのような知り方はしません。」
コリント5:16)
 
 
 
ファンの人たちにとって、
バンドやアーティストのライブ、
CDの発売日、握手会などのイベントは
なによりも大切で、
他の予定をどんなにやりくりしても
その日は確保しようとするでしょう。
 
 
 
その人(たち)を知ったことが
ファンの人の価値観を変え、
考え方や行動に影響を与えたんですね。
 
 
 
 
 
私たちが神さまを知っているか
知らない(認めない)かは、
私たちの価値観に大きなちがいを
もたらします。
 
 
 
神さまを知らないときには、
自分のしたことや自分自身に対する評価は
人がどう見るか、人が評価してくれるか
にかかっています。
 
 
 
人に良く思ってもらうために、
人に悪く言われないために、
心にもないことを言ったりしたり、
 
 
 
人に言われたこと、されたことで、
必要以上に傷ついたり
してしまうでしょう。
 
 
 
でも、全部を知っていて、
私を私として認めてくれる神さまを
知って信頼していれば、
人の評価に必要以上にふり回されずに
すむようになります。
 
 
 
また、人の言葉や自分の感情だけに
とらわれて、
そこから出られなくなることから
守られます。
 
 
 
小さいときから知っていると、
そのありがたさがわかりにくいことが
あるかもしれませんね。
 
 
 
「神さまの目」を
知っているってことは、
とてもありがたい感謝なことなんです!

きゅうり畑のかかし?

「それは、きゅうり畑のかかしのようで、
ものも言えず、歩けないので、
いちいち運んでやらなければならない。」
(エレミヤ10:5)
 
 
 
お寺が火事になって、
ご本尊の仏像もいっしょに焼けてしまった。
家が火事になって、
神棚も仏壇も焼けてしまった…
 
 
 
そんな話を時々聞きます。
 
 
 
いざって言う時に、
私たちを助けてくれるどころか、
私たちが助けてあげないといけない。
 
 
 
この世にある見えるものを
神さまにしている、
っていうのはそういうことなんだよ、
とこのみことばは言っています。
 
 
 
神棚とか仏像とか、位牌とか、
そういう明らかに神さま的なものだけに
限りません。
 
 
 
お金でも、地位でも、
家や土地とか、「だれか」でも、
何かあったら
一瞬でなくなってしまうかもしれない。
 
 
 
そういうものを頼りにすることは
とても危ないこと。
 
 
 
決してなくならない、
変わることがない。
ほんとうに頼りにできるのは、
そういう存在、つまり神さまだけなのです。
 
 
 
「しかし、あなたは変わることがなく、
あなたの年は
尽きることがありません。」
(詩篇102:27)
 
 
 
神さまは今日も
変わることなく私たちとともにいて、
導き助けてくださいます。

愛を追い求める

「愛を追い求めなさい。」
(Ⅰコリント14:1)
 
 
 
心が狭くて自分と合わないと
すぐ批判して、排除する。
意地悪をする。
 
 
自分よりうまくいっている人を見ると
嫉妬する。
人よりうまくいくとすぐ自慢する。
 
 
礼儀を知らなくてずうずうしい。
自分が得するかどうかを
いつも一番大切にしている。
 
 
ちょっとしたことでイライラして、すぐ怒る。
人の失敗をいつまでも覚えている。
ごまかしたっていいじゃん、と思っている。
 
 
自分の思い通りにいかないことを
受け入れられない。
疑い深くていつも後ろ向き。
がまんができない。
 
 
 
…何暗いことばっかり、
って思うかもしれないけど、
何のことかわかりますか?
 
 
 
前の13章に書いてある「愛」を
さかさまにしたらどうなるか、
やってみました。
 
 
 
こうして見ると、
神さまが言ってる「愛」は、
ピンク色のふわふわしたものじゃなく、
人として生きていくうえで
大切なことばかりなんだ、
っていうことがわかります。
 
 
 
なんだけど、こうはなりたくない
って思っているのにやってしまう、
っていうものも
けっこうあるんじゃないかな?
 
 
 
それは、神さまが言っている愛は、
神さまがいるところにだけ
あるものだから。
 
 
 
神さま抜きでやろう
とがんばっても、
きっとすぐギブアップになってしまうでしょう。
 
 
 
どうしても神さまの助けが必要です。
そして神さまはいつでも
助けたい!
って待っておられるのです。