決して冷めずいつも同じだけまっすぐ

「永遠の愛をもって
わたしはあなたを愛した。
それゆえ、わたしはあなたに
真実の愛を尽くし続けた。」
(エレミヤ31:3
 
 
 
音楽、アーティスト、アニメ、
物づくり、ガーデニング・・・
なんでもいいんだけど、
自分の中にブームが来るっていうこと
ありますよね。
 
 
 
その時には、
時間もお金もそこに注ぎ込み、
それこそ熱中します。
 
 
 
でもそのブームって、
意外と長続きしなかったりする。
あれほどやりたいのに時間が足りない!
って思ってたのに、
今は時間があっても手に取る気が起きない。
 
 
 
買いそろえたグッズや道具は
もはや場所ふさぎになっている・・・
 
 
 
私たち人間の興味は
一時的で過ぎ去ることが多いです。
それは人に対しても同じだったりする。
永遠の愛を誓ったはずだけど
永遠のはずが、わずか半年なんてことも😨
 
 
 
でも神さまの愛が永遠というときの永遠は、
まさに正真正銘の永遠。
始まりもなく終わりもなく、
どこを切り取ってもまっすぐで
なくなったり途切れたりしない愛。
 
 
 
その愛は、
私たちが自分の罪といっしょに滅びないで
永遠に神さまと
生きることができるようになるように。
という一点を目ざして
注がれ続けています。
 
 
 
そのためならなんでもする。
ひとり子イエスさまのいのちだって与える。
無視されてもバカにされても、
あきらめたり腹を立てたりしないで
ひたすらさし伸ばしてくれる手。
 
 
 
ブームの時だけ超盛り上がり、
冷めたら放置。
じゃなく、いつでも同じだけまっすぐ
注ぎ続けてくれる愛。
今日も途切れていません。

言わない方がよっぽど不親切

「神は、私たちが
御怒りを受けるようにではなく、
主イエス・キリストによる救いを
得るように
定めてくださったからです。」
(Ⅰテサロニケ5:9
 
 
ウィルスの感染拡大を防ぐために、
感染が広まっている地域や
人が集まっているところには
行かないでください。
 
 
 
そう言われているのに
ヨーロッパ旅行に行ってきた。
居酒屋で歓迎会をした。
結果、感染してしまった。
クラスターが起きてしまった。
そういうことがけっこうありました。
 
 
 
これだけ言われているのになぜ? 
と聞きたくなりますが、
自分はだいじょうぶ
と思っていたということでしょう。
 
 
 
コロナの場合は
感染の可能性がある、というレベル。
でももしこれが必ず感染する。
必ず死ぬ。とわかったら
たぶんだれも行きません。
 
 
 
神さまの救いも、
なぜ「いりません」と言う人が
たくさんいるのかと言えば、
もらわなくても自分はだいじょうぶだ
と思っているからです。
何を根拠に?と聞きたいところですけど。
 
 
 
でも実は、
救いをもらわない人は一人残らず
やがて神さまの御怒りを受ける
=永遠に苦しむ
と聖書は言っているのです。
 
 
 
そういう言い方は
脅かしだからやめた方がいい、
と言う人もたくさんいます。
 
 
 
でも必ず苦しむとわかっていることを
言うのは脅かしなんでしょうか?
逆に知っているのに言わなかったら、
その方が
よっぽど不親切です。
 
 
 
永遠なんかより
今の生活の方が大事という惑わしに
だまされてはいけません。
 
 
救いはどうしても必要なもの。
それをもらえたことは、
私たちが思っているよりずっと
すごいこと。
 
 
 
感謝して今日も1日を
過ごしましょう。

昼と夜がなくなるくらいあり得ない

「もしもあなたがたが、
昼と結んだわたしの契約と、
夜と結んだわたしの契約を
破ることができ、
昼と夜が、
定まった時間に来ないようにすることが
できるのであれば、
…わたしの契約も破られる。」
(エレミヤ33:20
 
 
 
西から昇ったおひさまが
東へしずむ~~
それでいいのだ~それでいいのだ~♫
…あと、省略(苦笑)
 
 
 
知ってますかね?
その昔には世の中みんなが知ってた
アニメの主題歌なんだけど
 
 
 
太陽が西から昇る。
ほんとはそんなこと起こりっこない。
 
 
 
太陽は東から昇って昼が始まり、
西に沈んで夜になる。
それはもう一年中ほんとに正確。
よく考えるとこわいくらいです。
 
 
 
決して偶然の結果などではありません。
神さまがそうした。
と聖書の始めに書いてある。
 
 
 
人間が決めたんじゃないし、
人間が変えることもできない。
変わらない。変えられない。
っていうことが
ぜったいに変わることがない事実。
 
 
 
それと同じように、
神さまの約束は変わらない。
っていうことも
ぜったいに変わらない事実。
 
 
 
昼と夜が決まったように来なくなる。
なんてことは
この世が終わるときまでは
ぜったいにない。
 
 
 
だから、
この世が終わらないかぎりは、
信じて従うなら祝福する
という神さまの約束も変わらない。
 
 
 
 
それを受け取らない。
自分から捨てる。
それこそ、まさにあり得ない!
ですね。

見えないけどちゃんとあるバリア

「ああ、ご主人様。
どうしたらよいのでしょう。
…恐れるな。
私たちとともにいる者は、
彼らとともにいる者よりも
多いのだから。」
(Ⅱ列王6:16
 
 
 
緊急事態宣言が解除になって、
少しホッとしかかっているけれど、
これでなんでもかんでも
だいじょうぶっていうわけじゃなく、
3密を避ける生活は
これからも必要なようです。
 
 
 
今はどこに行っても
お互いを感染から守るため。ってことで
あっちこっちにビニールのシートが
張ってあって、
直接の接触をブロックしている。
 
 
 
宇宙服みたいな防護服で買い物
なんていう外国の映像もあって、
笑いそうになるけど
笑い事じゃない。
ウィルスを完全に遮断できるバリア。
あったらきっとみんながほしい
と思うでしょう。
 
 
 
敵と自分の間を遮断するバリア。
預言者エリシャは、
神さまの軍勢が
自分のまわりを取り巻いて満ちている
と知っていました。
 
 
 
だから敵の大軍がおしよせたとき、
召使いは悲鳴を上げたけれど、
ゆうゆうとしていることが
できたのです。
 
 
 
神さまに信頼する人に
神さまは守りのバリアを張ってくれている
とみことばは教えてくれます。
 
 
 
それは神さまを認めない人、
神さまに信頼しない人には
見えません。
でも、確かにそこにある。
それは私たちが自分でどんなに自分を守るより
確かなバリアです。
 
 
 
心から神さまに信頼するなら、
神さまは私たちも
このバリアで取り囲んで守ってくれます。
 
 
 
だから大事なことは
神さまに信頼すること。
信頼しているように生活すること。
そこさえ確かなら、
今日も心配はいりません。

セーフティーネットは完ぺき

「いにしえよりの神は、住まう家。
下には永遠の腕がある。」
(申命記33:28
 
 
 
サーカス。
いろんなお楽しみがあるけど、
やっぱりいちばんの花形は空中ブランコ。
目もくらむような高さで
次々くりだされるわざ。
ほんとにすごいです。
 
 
 
あんな高いところで
もしつかみそこなって落ちたら?!
もちろんだいじょうぶ。
下にはちゃんと安全確保のネットが
張ってあるんですね。
 
 
 
ぜったいに下まで落ちない。
それを知っているから
安心してパフォーマンスできます。
 
 
 
いざという時命を守ってくれる
セーフティーネット。
今ではいろんな破綻を防ぐ、
っていう社会システムにも
このことばが使われていますね。
 
 
 
神さまは
私たちのセーフティーネット。
私たちが落ちてしまった
と思うときにも、
それよりまだ下に神さまの御手がある。
 
 
 
だから
「行き詰まらないし滅びない」。
地面に叩きつけられてしまうことは
決してありません。
 
 
 
神さまの腕は大きく強く、
私たちを丸ごと受け止めても
ぜったいに破けない。
 
 
 
しかも永遠の腕。
自分が落ちたときだけなかった
…なんてこともぜったいにない。
だから、完ぺきなセーフティーネット。
 
 
 
いつでもちゃんと張られています。
今日もちゃんと張られています。
だからだいじょうぶ。
安心して1日を過ごしましょう。