【どこに心が向いているかな?】
 
 
「ダニエルは王の食べるごちそうや
王の飲むふどう酒で身を汚すまいと心に定め、
身をけがさないようにさせてくれ、
と宦官の長に願った。」
ダニエル書1:8
 
 
 捕虜として遠いバビロンの国に連れて来られたダニエル。
 
その時はまだ、
みんなみたいな少年でした。
 
その時のことを思い描いてください。
 
お父さん、
お母さんから引き離され、
捉えられて敵の国に連れて行かれました。
 
王さまの命令は絶対です。
 
背けば速死刑!
 
でも、
王さまに気に入られれば、
この国で捕虜だけど良い思いができます。
 
あなたならどうする。
 
多くの人が王さまに気に入られるように
心を王さまに向けました、
だけどダニエルの心は王さまも
支配している神さまに向けられていました。
 
神さまの悲しまれる「身を汚す」ことはしないと
「心に定め、」生涯そのように歩みました。
 
ブレない歩みの秘訣はここにあります。
 
神さまに心を向けよう!
 
 
子基 頼喜
 
 

信仰の友」
 
「…ダニエルは自分の家に帰り、
彼の同僚のハナヌヤ、ミシャエル、
アザルヤにこの事を知らせた。
彼らは…天の神のあわれみを請い、
…願った。」
(
ダニエル21718)


 ダニエルには
頼りになる友達がいました。

 命の危険が迫っている時に、
ダニエルは迷わず友達の所に行き、
一緒に祈りました。

 一緒に祈る友が
いることは素晴らしい事です。

 教会は、
そんな信仰の友が集まるところです。

 大人も子供も一緒になって、
同じ神さまにお祈りする。

 あの人の病気が治るように、
この人が助かるように…
イエス様を信じる全ての人は、
この信仰の友が
たくさん与えられています。

 いつも覚えていて下さい。

 たとえ会ったことのない人でも、
遠くに離れている人でも、
同じイエス様を信じる
友達がたくさんいることを。

 そして、
私たちの為にいつも祈って
支えていてくれることを。

 一人ではない。

 イエス様を通して、
私たちにもダニエルのように
たくさんの友がいます。

 そのことを覚えて、
私たちも誰かの為に祈ることが
出来ますように…そして、
私の周りにいる
まだ救われていない大切な人たちも、
同じように素晴らしい信仰の友と
なりますように、
お祈りしましょう。

(アップル)
 

もし、そうでなくても
 
 しかし、もしそうでなくても、
王よ、ご承知ください。
私たちはあなたの神々に仕えず、
あなたが立てた金の像を
拝むこともしません。
ダニエル3:18
 
 私のツレは、
やたらとプレゼントによくあたる
 
 そして私は、まずあたらない
 
 それでクジとか懸賞応募などには手を出さない
あたらなかったときの残念感がいやだから
 
 どうやったらそんなに当たるのかと聞くと
ツレはひとこと
 
 当たるって信じて、はずれてもへこたれないで挑戦よ!
 
 はずれたときの残念感がいやで
いつしかあまり祈らなくなっていたときのことを思い出しました
 
 だからツレにならって
 
 かなえられるって信じて
もしそうでなくても
へこたれないで信仰よ!
 
「なた」
 

継続は力
 
 「・・・彼は、
いつものように、
日に三度、
ひざまずき、
彼の神の前に祈り感謝していた。」
 (ダニエル6:10
 
 むかし、
こんな話を聞いたことがあります。
 
 「素晴しい! 天才だ!」と言われて、
彗星のように世に出てきたピアニストがいました。
 
 でもその人は、
「練習が嫌いで、
ほとんど練習をしない。」
と話していました。
 
 その人は、
あっという間に
音楽の世界から消えていきました。
 
 またあるバレエダンサーは、
「一日練習を休めば自分がわかり、
三日休めば周りの仲間がわかり、
一週間休めば観客がわかる。」
と言っていました。
 
 「継続は力なり」
とよく言われますが、
何の世界でも、
いつものように繰り返されていく営みが
どれだけ大切なものかがよくわかりますね。
 
 ダニエルも、
6章後半で大変な目に遭いましたが、
いつものように神様に祈っていたことが、
いざという時、
うろたえることがなかった大きな理由です。
 
 私たちも、
いつ何が起こるかわからない毎日を
送っていますが、
たとえ何が起ころうとも動じたり、
うろたえることのないよう、
いつものように、
神さまに祈ってみことばに触れる
毎日を送りたいですね。
 
「ぴよ」
 

 

 (ダニエル9:9)
的確な対処
 
「あわれみと赦しとは、
私たちの神、
主のものです。」
(ダニエル9:9)
 
悪いものを食べて、
おなかを壊したことがありますか?
 
大変苦しい目にあいます。
 
病院に行って薬をもらったりして、
的確な対処をしなければいけません。
 
ところで、
私たちの周りには、
私たちを罪に導き陥れるものや情報があふれています。
 
それを受け入れたら大変です。
 
的確な処置をしなければなりません。
 
それは、
私たちのたましいの救い主、
罪を赦してくださるイエスさまにちゃんとお詫びし、
悔い改めることです。
 
そして、
悪いものには近づかないことです。
 
(than)