「まわりが悪い」

 
「向きを変えて、出発せよ。」
申命記1:7
 
 たくさんの会社を評価する本を読みました。
 
 その中に興味のある一行が・・。
 
 成長している企業の共通点は
「自分たちの会社は何が足りないか」
といつも問い続けていること。
 
 それとは逆に伸びていない会社の共通点は
「時期が悪い」
「世の中が悪い」
「下請けが悪い」・・
と外部を批判しているとのこと。
 
 人も同じだなと思いました。
 
 自分の人生がうまく行かないと
「あれが悪い、これが悪い。
 
 親が、先生が、友が・・」
と言いやすいのが人間です。
 
 でもそこに解決はありません。
 
  神さまはあなたを変えてくださる方です。
 
 私たちも
「方向転換=悔改め」
をしてみませんか? 
 
(ヨップ)
 

「太陽のほくろ」

 
 2012年6月6日の
「金星の太陽面通過」を観ましたか? 

 我が家では、また、
日食グラスが活躍しました。

 まるで、太陽の中にほくろがあり、
それが少しずつ移動していくようでした。

 次回は105年後だそうで、
ありがたい、ありがたいと、
太陽に手を合わせている人が
おられましたが、
私たちはその太陽のもっと上に
おられる神様を仰がなければなりません。

 全宇宙を支配し、維持し、
動かしておられる神様が、
地球上の一点でしかない、
肉眼で直接太陽を見ることも
できないような人間一人一人に、
最善をしてくださる。

 何と、ありがたいことではないでしょうか。
 「また、天に目を上げて、
日、月、星の天の万象を見るとき、
魅せられてそれらを拝み、
それらに仕えないようにしなさい。
それらのものは、あなたの神、
主が全天下の国々の民に
分け与えられたものである。」
申命記4:19

(シロクマ)
 

 「心に刻む」

 
「私がきょう、
あなたに命じるこれらのことばを、
あなたの心に刻みなさい。」
《申命記66
 
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
という諺があります。

 私たちは何と
忘れやすいものでしょうか。

 大変な目にあって
必死で祈ったのに、
そこを過ぎてしまうと
ケロッとして、
まるで自分の力だけで
その問題を切り抜けた
かのように思ってしまう。

 日常の細々とした事は
忘れても、
決して忘れては
ならないことがあります。
 
それは、
神様が私に何を語られたのか、
どんな恵みを与えて下さったのか、
ということです。
 それを忘れないために、
それをずうっと
覚え続けているために、
モーセは「心に刻みなさい」
と命じました。

 それは文字通り、
心に刻みつけることです。

 いつもそれを心に留め、
いつでもそれを生きる。
1つの聖言をしっかりと
心に刻むことから始めてみませんか。
『ジョン』
 

「早く助けて!」

 
「あなたの神、主は、
これらの国々を徐々にあなたの前から追い払われる。
あなたは彼らをすぐに絶ち滅ぼすことはできない。
野の獣が増してあなたを襲うことがないためである。」
申命記7:22
 
 「神さま、何ですぐに助けてくれないの?」
そんなふうに思うことない?
 
今日のみことばは、
イスラエル人が、
エジプトを脱出してながぁい旅を終え、
約束の地、
カナンに入ろうとした時に、
神さまがおっしゃったことばです。
 
「徐々に追い払われる」っておっしゃったの。
 
「え~!すぐに約束の通りにしてくれないの?」って思った人もいたかもね。
 
すぐに敵がいなくなると、
人が少なくなって、
野獣がふえる。
 
そしたら困るのはイスラエルの人たちなのです。
 
神さまは、
広く、
長く、
深く考えて、
私たちに一番良い方法で助けてくださいます。
 
どんな時でも
「神さまを信じて前進あるのみ!」
神さまは問題を必ず乗り越えさせて下さるのです!
 
子基 頼喜
 

「注目」

 
「そこはあなたの神、
主が求められる地で、
年の初めから年の終わりまで、
あなたの神、主が、
絶えずその上に目を留めておられる地である。」
(申命記 11:12)
 
GPSという機能があります。
 
携帯電話などを持っていると、
電源が入っていれば、
その人が今どこにいるのかがわかる仕組みです。
 
小さな子どもや、
お年寄りに、
安全確認のために持ってもらうことが多いそうです。
 
絶えず見られている、
ということに抵抗を感じますか?
 
それとも逆に安心感がありますか?
 
その差は、見ていてくれる人が誰なのか、
どんな関係にあるのか、
で決まってくるでしょう。
 
後ろめたいことがあると、
私たちは視線をそらします。
 
「見ないで!」と願います。
 
神様がいつも見守っていてくださること、
そしてそれが喜びとなるなら、
どんなにすばらしいことでしょうね。
 
電源を切らないで過ごしましょう。
 
gsh
 

「動機」

 
「その者が、
あなたとあなたの家族を愛し、
あなたのもとにいてしあわせなので、
「あなたのところから出て行きたくありません。」と言うなら、
あなたは、
きりを取って、
彼の耳を戸に刺し通しなさい。
彼はいつまでもあなたの奴隷となる。
女奴隷にも同じようにしなければならない。」
申命記15:16-17
 
 中学時代、
親に髪を染めたり、
ピアスを開けたりしたら家を追い出す、
と言われていた。
 
けれど、
高校に入って1年もしないうちに髪を染めた。
 
高校卒業して、
社会人になってピアスを開けた。
 
結局家を追い出されはしなかったけど、
後ろめたい気持ちはあった。
 
 けれど、
このみことばに出会って変わった。
 
「かっこいい!」と思った。
 
私も「イエス様を愛して、
しもべとして一生涯仕えていくんや!」このときから、
私の耳の穴は、
神様への献身のしるしになった。
 
 行い自体ではなくて、
動機が大切!
 
私の最初の動機はよくなかったけれど、
心を点検してから行動に移していきたい。
 
「おばあちゃん」
 

「わたしは見捨てない」

 
「強くあれ。
雄々しくあれ。
彼らを恐れてはならない。
おののいてはならない。
あなたの神、
主ご自身が、
あなたとともに進まれるからだ。
主はあなたを見放さず、
あなたを見捨てない。」
申命記31:6
 
私は、
キーホルダーやストラップの類は1ヶ所に1~2個と決めている。
 
新しいものが加わったら、
古いものには引退してもらって、
部屋の壁に並んでぶら下がっている。
 
けれど、
一緒に住んでいる先生は、
みんなつけようと努力する。
 
私が「わからん…」という顔をすると、
先生は「私は見捨てない」と言う。
 
じゃあ神様は?
 
もちろん後者。
 
しかもそれぞれどこに用いるのがベストかご存知だ。
 
私たち11人に「私は見捨てない。」と声をかけ、
ともにいてくださり、
ベストの場所に導いてくださる。
 
今日もその愛の語りかけに信頼して、
恐れずに歩みだそう。
 
「おばあちゃん」
 

「⑦膝の上」

 
「主に愛されている者」
(申命記33:12
 
 2歳になったばかりの男の子が、
本箱から絵本を選んで、
とことこ歩いてきます。
 
近づいて来ると、
くるっと背中を向けて、
そのまま私の膝に座りました。
 
あっという間のできごとです。
 
言葉は、まだ言えないので、
「絵本を読んでください」と、
行動で示しました。 
 
私達は、座る時、
そこに椅子があるかどうかを確かめてから腰掛けます。
 
確かめてからでないと危いことを知っているからです。
 
神さまは、
私達ひとりひとりを、
どんな時も変わらず愛して下さっています。
 
小さい男の子のように、
安心してだいじょうぶです。
 
今も、これからずっと、
将来も、愛されている存在です。
 
(ふ)