イムマヌエル綜合伝道団/教会学校課

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こころはハレルヤ

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今日のみことばは、下記のページへ。

http://spearmint7.jugem.jp/
 (教会学校課の牧師が書いているみことばメッセージのブログです。
            バックナンバーも見ることができます。) 
 

だれも気づかなくても神さまは認めてくれている

 
「主よ、恵みもあなたのものです。
あなたは、その行いに応じて
人に報いられます。」
(詩篇62:13
 
 
 
今年は予定していたのに
できなかったことが
いろいろあったかもしれません。
 
 
 
進んだかどうか、だけを見ると、
足踏みだったなあ、とか、
逆にちょっと後退しちゃったかも・・・😢
という人もいるかもしれませんね。
 
 
 
人間の世界、人間の社会では、
ほぼ見えるところがすべてです。
だから結果が見えたら、
初めていいねと言ってくれる。
 
 
 
でも人の目に見えないことだったら、
人知れず重ねた苦労も
だれかのためを思ってしてあげた
小さな親切も
だれにも評価されないかもしれません。
 
 
 
そんなときは、
そこまで一生懸命やる意味が
あったんだろうか?
もう少し手を抜いてもよかったのか?
なんて思いたくなってしまうことも
あるかもしれませんね。
 
 
 
でもだいじょうぶです。
神さまはちゃーんと完ぺきに
知っておられます。
自分以外に気づいた人がだれ一人いなくても、
神さまは気づいています。
覚えています。
そして報いてくださるのです。
 
 
 
神さまの報いは査定ではありません。
ほかの訳を見ると、
「恵みもあなたのものです」のところは
「慈しみはあなたものとにあり」
となっています。
 
 
 
慈しみ。つまり、
私たちをとても大事に思う気持ちで
私たちを見て、
報いてくれるのです。
 
 
 
私たちがこの一年に積み重ねたことは、
人が気づくかどうかに関係なく、
意味のないものはありませんでした。
何一つむだになってしまってはいません。
 
 
 
安心して感謝のお祈りをささげて
一年をしめくくりましょう。
 
 

いざというときに呼ぶ人

「ああ、今、
どうか私を力づけてください。」
(ネヘミヤ6:9
 
 
 
もう70年以上昔になるけど、
日本が戦争をしたとき、
“特攻隊っていう
とても無茶な作戦があったことを
聞いたことがある人もいるでしょう。
 
 
 
行きの燃料だけを積んだ
小さな爆撃機に乗って、
敵の軍艦や潜水艦に飛行機ごと突っ込む。
 
 
 
敵艦を爆破することができるけど、
自分も死んでしまう。
今で言えば自爆テロのようなもの。
 
 
 
ふだんは天皇陛下のため
言ってる兵士たちも、
いざ突っ込むときは
「お母さん!」と叫んだと言います。
 
 
 
これは困った! いざ!
というとき、私たちは
だれの名前を呼ぶでしょうか。
 
 
 
ふだんは神さまを信じていると
言っているけれど、
いざとなったら大あわてで
だれかのところへ泣きつきに
走るでしょうか。
 
 
 
私たちもネヘミヤのように、
何かがあるごとに、
ああ神さま!とお祈りできたら
いいですね。
 
 
 
もうすぐ新しい年を迎えます。
今年はコロナで大変だったけれど、
来年もどうなっていくのか
まだぜんぜんわかりません。
 
 
 
きっと、これは困ったなあ
と思うこともたくさんあるでしょう。
でも私たちには
いつでも呼ぶことができる神さまがいます。
 
 
 
呼べば必ず乗り越える助けと力をくれる
神さまです。
呼びながら過ごしていけば、
ぜったいにだいじょうぶです。
 
 

驚きあわててもみくちゃにされずにすむ

「立って幼子とその母を連れて
エジプトへ逃げなさい。
…ヘロデがこの幼子を捜し出して
殺そうとしています。」
(マタイ2:13
 
 
 
私とその人とどっちが大事?
私とその用事とどっちが大事?
私とその仕事とどっちが大事?
 
 
 
つまりは他のだれよりも
他のどんなことよりも
自分の方が大事じゃなくちゃいやだ。
って言っているわけだけど。
 
 
 
・・・あ~~、それ、
リアルに口にしちゃったら
ヤバいやつ・・・😨
 
 
 
でも考えてみると、
このシチュエーションて、
実はあっちこっちで見かける。
 
 
 
恋愛に限りません。
政治や宗教のいわゆる弾圧も、
結局は自分よりも大事なものがあるのは
許さない!
っていうところから発しているんですね。
 
 
 
ヘロデがイエスさまを殺そうとしたのも
それでした。
 
 
 
そのことがわかっていると、
いろんな圧をかけようとしてくる人たちが
なぜそうするのか見えてきます。
見えてくると、
どうして?!と驚きあわてずにすみ、
その渦にただ巻き込まれて
もみくちゃにされるがままにならないですむ
確率も高まる。
 
 
 
イエスさまも生まれてすぐに襲われた
今で言えばいじめやハラスメント。
 
 
 
ない方がいいことはみんなわかっています。
でも、これからも
人の心そのものが変わらないかぎり、
いくらよくないからやめよう!と
話し合ったとしても、それで
ほんとうになくなることはないでしょう。
 
 
 
人の心を変える。
それが私たちのがんばりでは
どうにもできないから、
イエスさまは来てくれたのです。
 

過ぎ去ったことではなくはじまり

「私たちは
その方の星が昇るのを見たので、
礼拝するために来ました。」
(マタイ2:2
 
 
 
あれ、クリスマスはもう
過ぎたのに。と思いましたか?
 
 
 
クリスマスは、
2000年以上前のその日に起こった
過去の出来事で、
その日が過ぎたら終わってしまう
のではありません。
 
 
 
クリスマスは今につながる始まりでした。
その時から世界は、
救い主がいる世界になりました。
今ももちろんそうです。
 
 
 
博士たちは
救い主が生まれたしるしの星を見て
礼拝するための旅に出ました。
博士たちにとってもクリスマスは
はじまりだったんですね。
 
 
 
博士たちは長い旅の末に
救い主に出会って、
大きな喜びを体験することができました。
それは星が救い主誕生のしるしと知って、
自分の家でよかったねぇ。
と言っているだけでは
経験できなかった喜びでした。
 
 
 
クリスマスは、
過去の一点に起きた出来事ではなく、
そこから始まった線が
今の自分にちゃんとつながるとき、
初めて意味を持つのです。
 
 
 
過去の出来事で終わってしまっていないか
まず確認。
そしてこれからも
その線が切れてしまわないように、
しっかりつなげていきましょう。
 
 

ほんとによかったね!と心から言える

「この民全体に与えられる、
大きな喜びを告げ知らせます。」
(ルカ2:10
 
 
 
自分にとっては
ものすごくいいビッグニュースでも、
それを人がいっしょに喜んでくれるか
というと、
そうとは限らないこともあります😢
 
 
 
たとえば、私の母は、
孫の話はへたにできない。
ってよく言います。
 
 
 
孫がいる人同士なら、
そうだよねーわかるー、って
もり上がれるけど、
いない人には、見せびらかしに
受け取られたり、
デリカシーのないやつと思われかねない。
んだって。
 
 
 
もちろん相手の気持ちを思いやる配慮は
とっても大切。
でも、いい話を素直によかったね
って言えないのって、悲しい。
 
 
 
実はそれも
人が自分より上に行ったらいやだ、
自分がいちばんでないと。
っていう罪の芯、自己中心の思いが
させること。
そして私たちの不幸のもと。
 
 
 
イエスさまが来てくれたことを
どこが喜び?と思ってしまうのも、
そこから来ているのです。
 
 
 
イエスさまが来てくれたことが
大きな喜びなんだってわかる。
それが、人の喜びを
いっしょに喜べる心のもと。
 
 
 
そして人の喜びを心から喜べる心は
その人をハッピーにするだけじゃなく、
自分自身もハッピーにしてくれる。
 
 
 
私たちの心をそういう心にするために
イエスさまは来てくれました。
大きな喜びがふってきた
クリスマス。
ほんとによかったね!と
心から言えるクリスマスでありますように。